松坂大輔,西武

松坂は西武時代の恩師・東尾修に200勝ボールをプレゼントできる?

野球

 

 

松坂大輔投手は1998年秋のドラフト会議で三球団から一位指名を受け、抽選の結果、西武ライオンズが交渉権を獲得しました。

 

 

当時西武ライオンズの指揮を執っていたのは200勝投手で、後に松坂投手と師弟関係を結ぶ東尾修さんでした。

 

 

そんな東尾修さんが松坂投手との契約交渉に同席した際に、自身が200勝を挙げた時のウイニングボールを松坂投手に渡しました。

 

次は松坂?黒田博樹が200勝を達成!

 

 

このボールは一人娘の東尾理子さんにプレゼントをしたものだったそうですが、それをわざわざ返してもらい東尾理子さんに、松坂投手が投げて日本一になったら記念ボールを渡すから返して欲しいと頭を下げたそうです。

 

 

 

当時、読売巨人軍に入りたかった松坂選手は、横浜ベイスターズ以外なら進学することを表明していました。しかし、この東尾修さんのサプライズプレゼントに松坂は西武ライオンズ入団を決意したのです。

 

 


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西武ライオンズは松坂に対して好待遇!

 

 

それ以外にも東尾修さんは松坂投手に対して、格別の配慮をしました。とにかくプロとしての滑り出しが重要であると考えてデビュー戦を計算しました。

 

 

様々な配慮もあり、松坂選手は新人でいきなり16勝を上げ最多勝のタイトルを取り、プロ野球選手として最高の滑り出しをすることができました。

 

 

入団時に恩師から200勝記念のウイニングボールを受け取りましたが、東尾修さんが指揮を執っている時には残念ながら日本一に輝くことはできず、日本一の記念ボールを返すことはできませんでした。

 

 

 

入団時に約束した恩師に200勝を達成しウイニングボールを返すことができるのでしょか?松坂投手はプロ入り8年目の2006年シーズンに、ドラフト制度導入以降最速の191試合目の登板で通算100勝を達成しました。

 

 

 

そして、メジャー移籍後も一年目に15勝、二年目に18勝しました。この時点で既に日米通算141勝を上げ、平成の怪物が200勝を達成するのはほぼ間違いないと誰しもが思っていたと思います。

 

 


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順調から一転怪我に苦しむシーズンが続く

 

 

しかし、松坂投手は2009年から現在まで度重なる怪我に苦しみます。MLBでも順調なスタートを切ることが出来ましたが故障の影響もあり、納得のいく成績を残すことができないシーズンが続き、中継ぎでの登板をする機会もありました。

 

 

 

最終的にMLBに8年在籍しましたが、56勝に留まりました。当初の滑り出しと、日本時代に積み重ねた驚異的な勝ち星のペースに比べると、やや物足りない成績のまま日本に復帰しました。

 

 

 

現在、松坂投手は日米通算で164勝を上げています。後36勝なので、NPB時代の松坂投手であれば達成は確実と言えますが、現在も松坂投手は怪我に苦しみ、万全の状態で投球できていません。

 

 

 

松坂投手に200勝の記念ボールを渡せるかどうかのカギは2016年シーズンにあると考えています。一軍で登板しないことには勝ち星を積み重ねることができません。

 

 

2016年中に一軍のマウンドに復帰することが出来れば、残りの36の勝ち星を稼ぐことが決して不可能ではないと思います。日本に復帰する前年の2014年にもストレートで150km/hを計測しています。

 

 

 

まだまだ力は残っています。復活を果たして、プロ野球の世界に足を踏み入れた時に恩師と交わした約束を是非果たしていただきたいです。

 

 


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