松坂大輔,伝説

松坂大輔の伝説をあなたは知っていますか?

野球

 

 

現在、ソフトバンクホークスに所属する松坂選手が今までに残してきた伝説の数々を知っているでしょうか?

 

 

最高にドラマチックであり、日本中の目を釘付けにするほどの伝説の数々を打ち立てました。

 

 

 

 

さらに、松坂選手の活躍もあり、横浜高校も秋の新チーム結成から夏の甲子園後の国体まで一度も敗れることなく公式戦無敗という不滅の記録を打ち立てました。(この記録は今でも当時の横浜高校の世代しか達成していません。)

 

 

 

松坂投手は伝説を残し続けました。その中でも最も印象的なのは高校3年生夏の甲子園準々決勝、PL学園との一戦です。延長17回、250球を投げ抜いたことも十分に伝説ですが、この試合には数々のドラマが詰まっていました。

 

 

 

さらに、実は熱戦だけでなく、高度な情報戦も繰り広げられていました。なんと、PL学園ベンチは松坂投手攻略にあたり、捕手の小山良男捕手の癖を見破りました。

 

 

 

その癖と言うのが、ストレートの時は普通の構えなのですが、変化球を要求する時は片足を地に付けて体を振って構えるという癖があったのです。それを3塁コーチャーボックスからバッターに伝えていたのです。

 

 

 

小山捕手は、切れ味抜群のスライダーがあるため、パスボールしないようにどこに行っても対応できるように構えているうちに癖として染みついたものだと思います。しかし、PL学園ベンチはこれを見抜き松坂対策としたのです。

 

 


Sponsored Link

 

 

伝説のPL学園戦!

 

 

しかし、これを横浜高校も途中で見破りさらに対策をします。熱戦だけでなく、これだけの高度な情報戦が繰り広げられていました。それが熱戦をうむ結果になったのです。

 

 

 

つまり、松坂選手は投げる球がばれているにも関わらず、PL学園に真っ向から挑み捻じ伏せたのです。ちなみに当時高校野球は最大で延長18回までとルールが定められていましたが、1人で投げ抜いた松坂投手の熱投。

 

 

 

それがきっかけで、「延長18回は長すぎる」という声が多数上がり、現在のように最大で延長15回というルールに変更になりました。松坂選手とPL学園という伝統校が作った伝説により、高校野球の歴史が変わったのです。

 

 

 

もしこの伝説が無ければ、2006年夏の甲子園大会決勝の田中将大投手対斎藤佑樹投手の延長15回、引き分け再試合は再試合前に決着がつき、歴史が変わっていたかもしれません。

 

 

プロ入り後も作り続けた伝説!

 

 


Sponsored Link

 

 

そして、プロ入り後も松坂投手は伝説を作り続けます。デビュー戦で155km/hを記録し鮮烈なデビューを果たし、その後快刀乱麻の活躍で高校卒のルーキーが16勝を上げ最多勝に輝きます。

 

 

 

この年は、三振が少ないことで有名な、あのイチロー選手から三打席連続三振を奪うなど、衝撃的な活躍を見せます。後にMLBの舞台で最多安打記録を樹立する天才打者を高校を卒業したばかりの選手がきりきり舞いさせたのです。

 

 

 

衝撃なデビューを飾るだけでなく、デビューから三年間、松坂投手は連続して最多勝を獲得し、名実ともに日本のエースになります。書いても書いても書ききれないほどの伝説を彼は今までに残してきました。

 

 

 

その後は、日本が2回連続世界一になるためにWBCでの快投によるMVPを2度獲得、メジャーにわたりワールドシリーズ優勝に貢献。これだけの伝説を残した選手は後にも先にも彼以外いません。

 

 

 

高校野球の歴史を動かし、世界中に衝撃を与えた選手です。一時期「持っている」と言われる選手も見ましたが、この伝説の数々、ファンに与えた衝撃、間違いなく松坂投手こそ真の「持っている」選手と言えるのではないでしょうか。

 

 

 

もちろん、「持ってる」だけでなく自らの手で努力していること。そして、余りある野球センスが彼を伝説的な活躍をする選手へと成長させたのです。

 

 


Sponsored Link

 

 

あなたにおススメの記事

松坂のあのスライダーはもう戻ってこないのか?

 

松坂はWBCで2度のMVP!ここ一番での強さの秘訣とは?

 

江川卓と松坂はどっちがすごい怪物だったのか?

 

 

このエントリーをはてなブックマークに追加