松坂大輔,上地雄輔

松坂大輔と上地雄輔の本当の関係を暴露します!

野球

 

 

1996年、後に日本中を沸かせ「平成の怪物」と呼ばれる少年松坂選手が神奈川県の横浜高校に入学します。

 

 

そして、その1年前に芸能界で島田紳助プロデュースでおバカタレントとして日本中を沸かせることになった上地雄輔が横浜高校に入学しています。

 

 

 

 

そんな縁もあり、後に平成の怪物と呼ばれると松坂と後に芸能界でスターになる人物がバッテリーを組むことになりました。テレビ出演時も上地雄輔さんは当時の松坂大輔投手とバッテリーを組んでいたエピソードを話しています。

 

 

 

しかし、実際のところ2人の関係はどうだったのか?そのことについて深くしる人物はそういてないと思います。そこで、今回はお互いに現在も交流が続いているのか?そういったところについてみていきたいと思います。

 

 

 

まず、そもそもの上地雄輔さんの野球の実力についてですが、横浜高校の硬式野球部に入部できる時点で他の野球をしている人よりも実力があったことを示しています。

 

 

実際に小学校、中学校と世界選抜のメンバーに選ばれ、中学生の頃に全国の強豪校合計38校からスカウトを受けた程だそうです。そして、名門横浜高校で正捕手の座を掴みます。

 

 


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高校2年に怪我するまではバッテリーを組む中!

 

 

しかし、残念ながら高校二年生の夏に神経断裂の大怪我をしてしまい、横浜高校野球部の正捕手の座は一学年下の小山良男選手に奪われてしまいました。

 

 

実力は疑いようもありませんし、怪我前には正捕手の座を掴んでいましたので、実際に松坂投手とバッテリーを組む場面もあったそうです。バッテリーを組んでいた二人ですが、現在の交流はあるのでしょうか?

 

 

 

交流は今、現在も続いているようで、2015年3月に上地雄輔さんがCDをリリースする際に、上地雄輔さんが松坂選手にMVへの出演依頼をし、これを松坂選手が快諾しています。

 

 

 

3月と言えばオープン戦も開催されており、プロ野球選手にとっては非常に重要な時期です。さらに松坂投手はNPB復帰一年目のシーズンであり、ローテーションを勝ち取るために結果が要求される大事な時期でした。

 

 

 

そんな中でも野球以外のオファーを快諾するほどなので交流は深いと思います。実際に撮影の際に松坂投手は上地雄輔さんの事を「カミさん」と呼び、上地雄輔さんは松坂投手のことを「マツ」と呼び合っているそうです。

 

 

 

さらには、松坂投手は撮影の際に上地雄輔さんに対して力を込めた速球を投げ込み、「プロのスピードがどのくらいかわかるように投げました」と発言し笑いを誘ったそうです。

 

 

 

本当に仲が良くなければ冗談交じりのやり取りもできないと思いますので、お互いに気心知れた仲であり、現在も交流があるようです。

 

 


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お互いの道で認め合う2人は生涯の付き合い!

 

 

現在は、松坂さんは野球の世界で奮闘し、上地雄輔さんは芸能界で奮闘しています。お互いに戦う世界は違えど、それぞれの舞台でもがいています。10年前にバッテリー組んでいた二人の野球少年は今でも深い仲で繋がれているようです。

 

 

 

上地雄輔さんに現在の松坂さんはどのように映っているでしょうか?かつて、バッテリーを組み戦った選手の復活を心待ちにしているでしょう。なので、お二人はバッテリーを実際に組んでいたこともあり、仲も良いようです。

 

 

 

そして、現在も交流があり10年前にバッテリーを組んでから今まで交流が続いているようです。お互いに結婚後も交流が続いていることからも一生涯の付き合いになるのではないでしょうか。

 

 


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